筋書きの無いドラマの旅・・・あ、町だった・・・・・・(SDP)
2004年1月21日『明日は明日のカゼが吹く』
帰りがけに柳澤せんせ(科学)にぽそっと言われる。
このこことば元は、誰なんだろ。
父世代の人に何度か言われたことがあるんだな。
そんなに私『刹那的(80年代語。。)』に見えるのだろうか?
柳澤先生は公立高校を退職なさって、講師として科学を教えてらっしゃる。
紅芋羊羹作ってきてくれたりする。
うちの父親と同年代で、娘さんは私と同じ年、名前は一文字違い。それ以前に私と、
『自分内オキテ』がちょっと似てる気が…私だけかもだけど、する。
かにちゃんちに行く。
みのりちゃんが二足直立できるようになる。
かにちゃんは遊びに行くと気をバカスカ使ってくれて、今日も“ミッフィー”のスリッパを貰ってしまった。
デック・ブルーナで泣ける私は、しんどいんで?ドラマ、映画の類はほとんど見ない。
見れない。。。。
小津安二郎とジブリとスピルバーグで十分。
三谷幸喜を好きな自分を褒めたいレベル。
の。私が、何の因果か(BYスケバンデカ)
お芝居のチラシを制作する、
いーんだろかと思いつつ。
自分一人の世界を作るより、誰かのビジュアルサポートするほうが性格的に好きなのです。
萩原せんせは学校以外の活動が学校と同じ程、活発の様に私には思える。
担任やって、書道部やって、それで演劇活動、それに伴うダンス、発声練習。
制作を依頼された印刷物に使用する写真を撮影に行く。
デジタルカメラを買おうか検討中のまま、超旧式のSONY mavica。貰い物だから愛着がヒトシオで手放せない。なお
ちゃんげんきかな。
考え様ではフィルターかけなくてもソフトフォーカスだからいいのだ。
人の高画素メカ借りてもやっぱちょっと、青かぶりが目につくデジカメ。
写真メインでないからまああるもので何とかする方が楽しい。
製造メーカにイメージまで売りつけられるのは、思考の侵略を受ける様なこと。かな。
ゆっくりいこうとおもう。
あたしは何処に向けて球投げてるのかわからない。
でも、制作するとき、心のどこかに済む“あたしでありたいあたし”がムチを打つ。
かっちょいいの作ろう。
演劇の人はよく喋るし、よく動くな〜。
2重のドラマを見ている様であります。
昨年は少々参加もしましたが、あの時間帯にあの脳の部分使うと興奮して眠れなくなってしまったので今回は自粛。
今日は大寒だって。
バレーの歴史を少々レクチャーしてもらう。
発祥は15世紀ルネッサンス、イタリア。
ハプスブルグ家(はスペイン。1/22訂正メディチ家だろ!)の誰かの輿入れに伴い、フランスに流出。
JAZZって興奮、元気、スラングでくだらぬ、なんて意味だそう。
精神の開放を表現する踊りだそう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『信じていれば願いは叶う』が今回のチラシのコピー。
そら、そーなんだよね。
世界認知すんのは自分の脳以外ないのだから。
言葉を失う様な圧倒的なホームラン的仕事がしたい。
言葉が追いつかない様な。イキオイの。
頭から言葉をなくしちゃいたい。
誰かの言葉に当てはめらるのが嫌い。
って言葉で書くのは、オセロみたいにいつかこの010101110の世界が1つで全部0になるのを期待してるのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
色彩感覚がにぶったな。
生徒に教えるにはどうしても、言語による補足が必要。他の教科と同様。でも。あたしの『これ』がそのこの『これ』と少しづつずれる。
個性ってそうゆうことだと思うけど。
教えるって身を削る作業だな、と、思う。
重田と林は喧嘩するし。
10-11は一人もアクリル絵の具持って来ないし。
愚痴の羅列で締めもワビシイですが。
人に与えることが出来る仕事がある事に感謝しよう。
帰りがけに柳澤せんせ(科学)にぽそっと言われる。
このこことば元は、誰なんだろ。
父世代の人に何度か言われたことがあるんだな。
そんなに私『刹那的(80年代語。。)』に見えるのだろうか?
柳澤先生は公立高校を退職なさって、講師として科学を教えてらっしゃる。
紅芋羊羹作ってきてくれたりする。
うちの父親と同年代で、娘さんは私と同じ年、名前は一文字違い。それ以前に私と、
『自分内オキテ』がちょっと似てる気が…私だけかもだけど、する。
かにちゃんちに行く。
みのりちゃんが二足直立できるようになる。
かにちゃんは遊びに行くと気をバカスカ使ってくれて、今日も“ミッフィー”のスリッパを貰ってしまった。
デック・ブルーナで泣ける私は、しんどいんで?ドラマ、映画の類はほとんど見ない。
見れない。。。。
小津安二郎とジブリとスピルバーグで十分。
三谷幸喜を好きな自分を褒めたいレベル。
の。私が、何の因果か(BYスケバンデカ)
お芝居のチラシを制作する、
いーんだろかと思いつつ。
自分一人の世界を作るより、誰かのビジュアルサポートするほうが性格的に好きなのです。
萩原せんせは学校以外の活動が学校と同じ程、活発の様に私には思える。
担任やって、書道部やって、それで演劇活動、それに伴うダンス、発声練習。
制作を依頼された印刷物に使用する写真を撮影に行く。
デジタルカメラを買おうか検討中のまま、超旧式のSONY mavica。貰い物だから愛着がヒトシオで手放せない。なお
ちゃんげんきかな。
考え様ではフィルターかけなくてもソフトフォーカスだからいいのだ。
人の高画素メカ借りてもやっぱちょっと、青かぶりが目につくデジカメ。
写真メインでないからまああるもので何とかする方が楽しい。
製造メーカにイメージまで売りつけられるのは、思考の侵略を受ける様なこと。かな。
ゆっくりいこうとおもう。
あたしは何処に向けて球投げてるのかわからない。
でも、制作するとき、心のどこかに済む“あたしでありたいあたし”がムチを打つ。
かっちょいいの作ろう。
演劇の人はよく喋るし、よく動くな〜。
2重のドラマを見ている様であります。
昨年は少々参加もしましたが、あの時間帯にあの脳の部分使うと興奮して眠れなくなってしまったので今回は自粛。
今日は大寒だって。
バレーの歴史を少々レクチャーしてもらう。
発祥は15世紀ルネッサンス、イタリア。
ハプスブルグ家(はスペイン。1/22訂正メディチ家だろ!)の誰かの輿入れに伴い、フランスに流出。
JAZZって興奮、元気、スラングでくだらぬ、なんて意味だそう。
精神の開放を表現する踊りだそう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『信じていれば願いは叶う』が今回のチラシのコピー。
そら、そーなんだよね。
世界認知すんのは自分の脳以外ないのだから。
言葉を失う様な圧倒的なホームラン的仕事がしたい。
言葉が追いつかない様な。イキオイの。
頭から言葉をなくしちゃいたい。
誰かの言葉に当てはめらるのが嫌い。
って言葉で書くのは、オセロみたいにいつかこの010101110の世界が1つで全部0になるのを期待してるのかもしれない。
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色彩感覚がにぶったな。
生徒に教えるにはどうしても、言語による補足が必要。他の教科と同様。でも。あたしの『これ』がそのこの『これ』と少しづつずれる。
個性ってそうゆうことだと思うけど。
教えるって身を削る作業だな、と、思う。
重田と林は喧嘩するし。
10-11は一人もアクリル絵の具持って来ないし。
愚痴の羅列で締めもワビシイですが。
人に与えることが出来る仕事がある事に感謝しよう。
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